美濃松尾山城を訪ねる(第751回例会)

●日時
令和8年5月10日 午前9時50分 雨天決行(行程変更あり)

●集合場所
JR東海道線関ヶ原駅改札口前
※ 大阪方面から IC カード利用の場合、関ヶ原駅で清算が必要です。
例会当日は観光シーズンで駅が混雑する上、関ヶ原駅は無人駅のため、
清算にかなりの時間を要することが予見されますので、
出来る限り乗車券で乗車していただくようお願いします。

弁当・飲物・敷物・ハイキング靴・ステッキ・タオル・雨具持参でお願いします。
マスクの着用は各自の判断でお願いいたします。

●行程
関ヶ原駅 → 藤堂高虎・京極高次陣所跡 → 福島正則陣所跡 →

松尾山登山口 → 東の曲輪 → 主郭(昼食) → 馬出状の曲輪 →

空堀 → 西の曲輪 → 大堀切 → 南西の曲輪 → 下山 →

登山口 → 脇坂安治陣所跡 → (往路) → 関ヶ原駅

※関ヶ原駅から登山口までは陣所跡を見学しながら 40 分~50 分かかります。
※遅くとも 15:47 発の電車で大阪方面に帰途につけるよう見学します。

●参加費
賛助会員・正会員 800円
通信会員・当日参加者 1000円
(資料代・保険代・記念写真代・下見費用として)

●見どころ
松尾山城は応永年間(1394~1428)に美濃国小守護代富島氏が
詰の城として築いたのが始まり。
元亀争乱(1570~1573)に際し浅井長政は江濃国境の境目の城として
家臣の樋口氏を入れたが、樋口氏が織田信長に下った後は不破光治が在城。
天正 7 年(1579)以降一旦廃城となったが、
慶長 5 年(1600)の関ヶ原の戦いに際し、
石田三成は大垣城主であった伊藤盛正に松尾山城の普請(改修)を命じており、
西軍の大将毛利輝元を入れる構想があった。
関ヶ原合戦前日の 9 月 14 日小早川秀秋が
守将の伊藤盛正を追い出し松尾山城を占拠した。
そして、翌日の合戦で正午過ぎ北西山麓の大谷隊を攻撃し、
東軍に寝返ったことは周知のとおり。

松尾山城は標高 293mの松尾山に築かれ、関ヶ原が一望できる。
山頂には土塁囲いで南側には内枡形虎口がある主郭。
その南には馬出状の曲輪。
本丸から東方に伸びる二本の尾根筋には折れを設け
横矢が掛る土塁によって囲い込まれた曲輪を階段状に配置している。
谷を隔てた西側の尾根にも土塁囲いの曲輪が配置され、
谷部も空堀とされ、侵入した敵を挟撃できるよう工夫されている。
松尾山城は単なる陣城ではなく、巧妙な縄張が施された
極めて計画的に築城された山城である。

例会