『あなたも絶対行きたくなる!日本最強の城 明智光秀スペシャル』

1月4日午後9時よりNHK総合テレビで放送されたに『あなたも絶対行きたくなる!日本最強の城 明智光秀スペシャル』にアンケート協力させていただきました。
番組内では日本古城友の会会員のアンケートを採用頂きました。

安土城
安土城 近世城郭の華々しい幕開けの城 何度行っても飽きない

~日本ここ何ロード~ この道通るのどんな人?【危険すぎる道&超急坂で徹底検問】

フジテレビにて令和元年12月28日に放送された
~日本ここ何ロード~ この道通るのどんな人?【危険すぎる道&超急坂で徹底検問】」の番組内で、
日本古城友の会の例会「越前・近江玄蕃尾城を訪ねて(第673回例会)」に
参加された当会会員に同行され、例会の様子を放送していただきました。

 

 

日本古城友の会 総会と講演会・研究発表(第675回例会)

例会

●日時
令和2年1月19日 午前10時

●場所
大阪市立西区民センター

地下鉄千日前線「西長堀」駅7番出口 北へ100m
地下鉄長堀鶴見緑地線「西長堀」駅3番出口 南へ100m

●参加費
会員・家族会員 1000円
通信会員・当日参加者 1200円
(会場費・講師謝礼・資料代として)

●次第
・総会 10時30分~12時
令和元年度 事業報告・会計報告・監査報告
令和2年度 役員改選・会則改正など
令和2年度 事業計画(見学地の選定)

・講演会 13時15分~15時
「紀伊国における畠山氏の城造り」
講師 新谷和之氏(近畿大学 文芸学部 文化・歴史学科 特任講師)

・研究発表 15時10分~16時40分

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●Facebook
日本古城友の会 総会と講演会・研究発表(第675回例会)

近江虎御前山城を訪ねて(第674回例会)

例会

●日時
令和元年12月15日 午前10時30分 雨天決行(行程変更あり)

●集合場所
北陸本線「虎姫」駅 改札口前

弁当(出発前に用意してください)・飲物・敷物・杖・ハイキング靴でお願いします。

●案内講師
中井均教授(滋賀県立大学 人間文化学部)

●行程
JR「虎姫」駅前 → 虎姫時遊館 → 登山口 → 伝多賀貞能陣跡 →

矢合神社 → 蜂屋頼隆陣跡 → 丹羽長秀陣跡 → 滝川一益陣跡 →

堀秀政陣跡 → 佐久間信盛陣跡 → 織田信長陣跡 →

羽柴秀吉陣跡 → 柴田勝家陣跡 → 下山 → JR「河毛」駅(解散)

●参加費
正会員・家族会員 800円
通信会員・当日参加者 1000円
(資料代・保険代・記念写真代・下見費用として)

●見どころ
虎御前山城は、元亀2年(1571)から翌年にかけて織田信長が
姉川の戦い敗北後も小谷城に籠もる浅井氏を攻略するため、
小谷山に対峙する南西500mの虎御前山に築いた城砦です。
天正元年(1573)から織田信長を始め(伝)羽柴秀吉、
柴田勝家、堀秀政、滝川一益、丹羽長秀らが陣を構え
小谷城を攻撃、落城させた陣所跡が並びます。

虎御前山には多くの古墳が存在し、既存の古墳を大きく
破壊することもなく利用しながら築かれています。
それゆえ明瞭な遺構は観察できませんが土塁、堀切が残されています。
今回は毎年恒例の中井教授の案内で、これらの遺構が
思い浮かぶような探索となることでしょう。

虎姫駅から整備されたハイキングコースを縦走し、
河毛駅まで約5kmの道のりをゆっくりと歩きます。
個人で探索するよりもずっと深く虎御前山城が
理解できる絶好の機会です。

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近江虎御前山城を訪ねて(第674回例会)

越前・近江玄蕃尾城を訪ねて(第673回例会)

例会

●日時
令和元年11月10日 午前8時(時間厳守) 雨天決行(行程変更あり)

●集合場所
JR環状線「森ノ宮」駅前 森ノ宮神社前

弁当・飲物・敷物・杖・ハイキング靴でお願いします。

●行程
JR「森ノ宮」駅前 → 近畿道・第二京阪・京滋バイパス・

名神・北陸道 → 敦賀IC → 疋田・刀根経由 →

玄蕃尾城跡・登山 → 大手門跡 → 虎口郭跡 → 主郭跡(昼食) →

北の曲輪・搦手門跡 → 張出郭跡 → 腰郭 → 下山 → 帰阪(18時頃)

●参加費
参加人数により変わります。
(バス代・高速料金・資料代・保険代・記念写真代・下見費用として)

●参加申込
会員の方は城だよりをご参照ください。
会員外の方はお問い合わせください。

●見どころ
玄蕃尾城は敦賀市街から直線距離で11km離れた、福井と滋賀の県境にある
南北に長い尾根上の柳ヶ瀬山頂にあり、内中尾山城とも呼ばれています。
築城時期ははっきりせず、朝倉氏の家臣疋田対馬守久保の砦説、
佐久間玄蕃盛政説、地元豪族柳ヶ瀬秀行説と諸説ありますが、明確ではありません。
玄蕃尾城は佐久間玄蕃からきていますが、曲輪の配置が近くにある疋壇城に
似ていることから、疋田氏の城とも推定されます。

天正11年(1583)の賤ヶ岳の合戦に際して、越前北ノ庄城主柴田勝家の
本陣となった山城で、秀吉に対して勝家は戦わずしてこの城から撤退し、
その後も手つかずで残されたことから、
山城の構造が合戦当時のまま完存しています。

城跡は櫓代を持つ主郭跡を中心に、6つの曲輪を両側に配置し、
土塁・空堀でそれぞれ区画され、馬出を利用して土橋で繋ぐ、
巧妙な構造とコンパクトな縄張りは、教科書的な城郭として有名です。
国史跡として整備され山城ファンの一見すべき城です。
交通の不便な所で今回はバスを利用して中腹まで行くことが出来ます。
そこから比高120m(20分)で城跡に到着、
まるでジオラマの中を散策するような感動が味わえます。
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越前・近江玄蕃尾城を訪ねて(第673回例会)