大和宇陀松山城を訪ねて(第696回例会)

●日時
令和3年10月3日 午前10時 雨天決行(行程変更あり)

予定通り開催いたします。

●集合場所
近鉄大阪線「榛原」駅 南口

弁当・飲物・敷物・ハイキング靴・杖・マスク着用でお願いします。

●行程
近鉄「榛原」駅前(バス) → 「西山」下車 → 松山西口関門 →

春日神社(春日門石垣) → 宇陀松山城 → 秋山下城 →

町並み散策 → 「西山」バス停 → 「榛原」駅前(解散)

●参加費
会員・家族会員 800円
当日参加者 1000円
(資料代・保険代・記念写真代・下見費用として)

●見どころ
宇陀松山城は宇陀三将の秋山氏が南北朝以来居城としていたが、
豊臣秀長が大和国主になるとその家臣が次々と入部、
関ヶ原合戦後に福島正則の弟福島高晴が入り、
城は大改修され近世城郭に生まれ変わる。
名も宇陀松山城となるが、元和元年(1615)に改易され城は取り壊された。
城の取り壊しを命じられたのが小堀遠州で、
建物の解体や石垣の破却などを細かく書き記している。
これが宇陀松山城の姿を考証する史料となる。

宇陀松山城の主要曲輪は総石垣となり、
大規模な枡形虎口や多門櫓や本丸御殿など礎石建物群があり、
小規模ながら天守も挙がる織豊系城郭の特徴を残している。
織田信雄が入り松山陣屋が政庁となるが、
5代信休の時に丹波柏原に移り廃藩となった。
城下町も天領となり町並みは重要伝統的建造物群指定で、
歴史的景観をよく伝えている。

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